織室
作品内で多少痛い表現を用いていますので、
「大丈夫」だという方のみ下の『読む。』からどうぞ。
室町好きな人も注意してください。(荻。も室町は好きです)
赤い雫が腕に出来上がる。
安堵感が身を包み、もう用なしだと、そっとその雫を舐めた。
ピンッとする鉄の味が舌を奔る。
幾度舐めたか分からないが、その味を憶えるくらいには舐めた。
今日はもう落ち着いた。
チキチキとカッターを刃をしまい、いつもと同じようにペンケースの中に収める。
誰も気づいてないんだろうなぁ。腕を切ったカッターを持ってきてるなんて。
そう考えると背中がゾワゾワして笑いが漏れる。
そのペンケースを今度は鞄にしまい、壁にもたれ掛かって、雫の痕跡を眺めた。
古いのも合わせて片手では足りないほどの線。
いつから切っていたんだろう、もう忘れた。
理由も明確に…いや、何も憶えてない。
ただ切ることだけは忘れない。
さっき切った線から滲み出てきた赤い液に舌をのばす。
さきほどよりは強くないが、それでも鉄の味はした。
自分は本当は吸血鬼なのではないかといつも薄ら笑う。
切っても痛がらない自分はマゾなのかと思う。
でも、何も感じない。胸が虚無にとぶ。
と、視界が急に明るくなった。夕焼け特有のオレンジ色が差し込む。
耳を澄ましていたけれど、中々足音が聞こえてこない。
それどころか陽の光は細くもなりもせず、ずっと同じ幅を保ち続けている。
とうとう見つかったかな。あぁ、何て怒られるんだろう。
ちょっと楽しみ。
仕方なく扉に目を向けると、そこに立っていたのは、錦織さん。
「室町?」
「あ、もう部活終わっちゃいました? 今行こうとしてたんですけど」
間に合いませんでしたね、と軽く笑うと、とたんに足音が部屋中に響いて、
陽の光は一切差し込まなくなった。
「どうしたんだよ、これ」
腕を持ち上げられて、問われる。
その言葉を聞いても無表情だったのが気に食わなかったのか、眉間に皺を寄せている。
答えを言うのは簡単。切ったからですよ。
でも簡単に言ってしまうのは面白くない。
今まで隠してきたんだ。最後まで隠し通さなきゃ楽しくない。
「近所の猫に引っかかれたんです。
抱いたときに引っかかれたりすることが多いんで、こうやって横に傷が出来るんです」
我ながらよくこんなにもスラスラと喋れるなと思った。
嘘を吐くことに慣れているから、抵抗がないのかもしれない。
「嘘だろう?」
静かに否定された言葉に、今度は俺の眉間に皺が寄る。
見透かされたことに苛立っているのか、否定されたことにムカついているのかは分からない。
ジッと見ている視線に耐え切れなくって、ふいっと顔を背ける。
決して見破られると思ったからじゃない。
視線が嫌いなのだ、生まれたころから。
「室町、カッター持ってるなら貸してくれる?」
もうどうでもよくなってきて、視線を合わさず、
手探りで鞄からペンケースを取り出し、カッターを錦織さんのほうへ放り投げる。
チキチキとさっきとは違う刃を出す音が聞こえる。
また俺の腕の線が増えるのかと思った。
前に、そういうことをしてみたがるやつがいる、と聴いたことがある。
所詮、錦織さんも同じか。
傷つけられるならそれでもいいと、目を閉じて皮膚の絶たれる感覚を待つ。
しかしいくら待ってもその感覚は襲ってこず、
変わりにまたチキチキと刃を出し入れする音が聞こえた。
まさか、と錦織さんの腕を見れば、
数分前の俺と同じ赤い雫が腕にプクリと丸まって鎮座していた。
「驚くってことは、まだ人の心が分かるさ。大丈夫」
雫の出ていない手で髪を梳かれ、知らぬ間に肩に入っていた力が、
蜘蛛の子を散らすように抜けていった。
顔の位置は動かさぬまま視線だけを下に向けると、
腕の上の雫は、徐々に大きくなっていた。
途端、その雫が怖くなって、自分の腕の沢山の線に手を置く。
そこの感覚だけが無駄に無に還っていく。
奥歯が小さくガチガチと鳴り、視線が空を彷徨う。
「室町…大丈夫、大丈夫。痛いのは心だろう?」
諭す声は聞こえるものの、言っている言葉の意味は受け取れなかった。
どうしても錦織さんの腕の上の雫が怖くて、咄嗟にその腕を掴んで雫を舐め上げた。
そのあとも僅かに染み出してくる赤い液に、そのおぞましい姿が見える前に舐め取っていく。
舌に鉄の味が蹂躙したけれども、それは自分のものとは違って、不味かった。
これが痛さなのかと、頭の中に考えがよぎる。
「大丈夫、室町。もう平気だよ」
錦織さんのこの言葉を皮切りに、俺は意識を沈黙させていた。
パソコン内に書きっぱなしになっていたものを上げました。自分でも意味は不明です。
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